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岡田あーみん論

1.何故今、岡田あーみんなのか?
2.少女漫画の規格外的存在
3.お父さんは心配症(漫画業前期)
4.こいつら100%伝説(漫画業中期)
5.ルナティック雑技団(漫画業後期)
6.あーみん自身が変人という演出
7.あーみんは何を描きたかったのか
8.岡田あーみん先生へ

1.何故今、岡田あーみんなのか?

離れない。離れないのだ。岡田あーみんが。

岡田あーみんに出会ったのは、小学生の時3歳年上の姉がりぼんで連載中のちびまる子ちゃんを盗み読みしていた時だ。 当時ちびまる子ちゃんはアニメ化されるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を上げていた。じっさい僕自身もちびまる子ちゃんが大好きな少年で、姉が家にいないときに本棚から取り出しては夢中で読んでいた。

(ちびまる子ちゃん/集英社/RMC第2巻)を読んでいるとき、「超ウルトラスペシャルデラックス企画 あーみん・ももこ合作マンガ お父さんは心配性+ちびまる子ちゃん」(お父さんは心配症【4】/集英社/RMCにも収録) に出会った。

読んだら抑えられない笑いがこみ上げてきた。ハチャメチャなのだ。これは少女漫画とは思えない勢いのあるタッチで描かれた絵に衝撃を受けた。猛獣は暴れるわ、「ヒィー」だの「おー」だの悲鳴は上がるわ、エレベーターに挟まるわ…。佐々木光太郎が完全にまる子のキャラクターを喰っている!声を出して笑っている自分がいた。

それ以来、あーみん漫画の中毒となった僕は、姉と協力し、「お父さんは心配症」「こいつら100%伝説」「ルナティック雑技団」を買い集めることとなった。

ストーリーの先が読めたり、ギャグ漫画であればオチがわかる段階でつまらなくなる理由でマンガはなんども読み返すことはほとんどない。

でも岡田あーみんだけは違う。何度読んでも面白い。クスクスという笑いではなく、声を出して笑ってしまう。家で一人で笑っている時=あーみん漫画を読んでいる時という方程式ができるほどに笑ってしまう。

会社へ就職し、日々仕事の仕事でつかれている状況でも、ふと、手元に出して読む漫画が岡田あーみんなのだ。あーみん漫画は生活必需品の一つであるのだ。岡田あーみんの作品をたくさん読みたいと思い、ネットで情報収集したが、「ルナティック雑技団」を最後に引退しているとのことで、新しいあーみんワールドを楽しめないのは残念ではあった。

また岡田あーみんの未収録作品を復刊する署名などの動きもあるようで、熱狂的なファンは未だ多いと思われる。しかしながら、分析・研究しているWEBサイトは皆無の状況である。そのため、管理人ケイタの主観による考察ではあるが、岡田あーみん論を作成することで改めて岡田あーみんの漫画を再読、伝搬する人が少しでも増え、生活の楽しみとして読み継がれる漫画の助けとなれば幸いである。

2.少女漫画の規格外的存在

岡田あーみんの作品が連載していた少女漫画雑誌「りぼん」は小学生~中学生の少女をターゲットとした雑誌である。通常恋愛を中心とした物語が展開されるのが少女漫画であるが、その中で完全にあーみん漫画は浮いている。「ヘンタイ激笑コミックス!!」「少女まんが界に咲く、ドクダミの花!!」などと謳われ連載の存在自体がギャグである、ということからあーみん漫画は存在する。

コミックボンボン、コロコロコミック、ジャンプ、マガジンなど、少年漫画においてはぶっ飛んだギャグ漫画はあるべきものとして存在するため、ギャグ漫画に対してギャグを読もうという前提読む。そして「やっぱり面白い」という感情を持つ。

読み始める以前に少女漫画を読む心境で読み始め、笑いという期待を良い意味で裏切られた感情を持つのがあーみん漫画である。「少女漫画なのにここまでやるか!?」という心境のまま、読み進めることによって面白さが増しているのだ。

少女漫画界においてこの規格外のギャグ漫画を連載していたりぼん編集部の意向とはなにか?もちろん典型的な少女雑誌であるため、編集部と打ち合わせやチェックが入っていることは想像に難くないが、OKが出たからりぼんに連載していたのであって、恋愛漫画好き読者だけでなく、ギャグ漫画好き読者も購読層に取り込む方針があったのではないかと推測できる。

また、作中に集英社を登場させたり、編集長を登場させることで、現実との境界線を曖昧にし、強烈なキャラクターが読者に現実に浮き出ているかのような妙なリアリティを出している。

「少女漫画界のギャグ漫画」というある種の色眼鏡をかけた状態で読み始めることもあーみん漫画を面白くさせている大きな要因である。

3.お父さんは心配症(漫画業前期)

お父さんは心配症 (1) (りぼんマスコットコミックス (351))
お父さんは心配症は現在amazonで入手可能。

お父さんは心配症 (2) (りぼんマスコットコミックス (381))お父さんは心配症 (3) (りぼんマスコットコミックス (405))お父さんは心配症 (4) (りぼんマスコットコミックス (431))お父さんは心配症 (5) (りぼんマスコットコミックス (463))お父さんは心配症 (6) (りぼんマスコットコミックス (490))
<あらすじ>
中年サラリーマン、佐々木光太郎にはは高校生の娘がいた。娘、典子にボーイフレンドがいることがわかりさぁ大変。ふしだらな若者から娘を守るため、変態的な行動で周りを巻き込み始める…。

第一話「ヘンタイ父さん登場の巻」から始まる。第一話に関してはあーみん漫画の中でギャグテイストが非常に少ない回となっている。物語一発目のギャグは 佐々木光太郎が愛娘・典子の電話を盗み聞きしているシーンであるが、上品なギャグでありそれ以降の無数に出てくるギャグの迫力はない。

「少女漫画をベースにした、人情味あふれる山本周五郎のようなストーリーにしようと夢をふくらませたものですが…」(お父さんは心配症【4】/集英社文庫/P242)

と振り返っている。このことからもわかるように当初はコテコテのヘンタイギャグ漫画を描こうと思っていたわけではないのだ。

開始一発目のギャグはおとなしい。

(お父さんは心配症【1】/集英社/RMC/6P)

しかし、回を追うごとにギャグテイストを強めていく。 第九話まではいわゆるデートや、高校生活の日常内でのギャグに留まってはいたものの、第十話「阿鼻叫喚!!夏休み合宿の惨劇の巻」では 山中の岩穴に 光太郎、北野、片桐キャプテンが突然の自信による崩壊で閉じ込められ、光太郎、片桐が狂人と化してしまうというアンビリバボーな結末を迎える。 さらに続編の第十一話では化物寺で蛇ばあさんと壮絶な戦いという結末だ。

段々とギャグが常軌を逸したシチュエーションになっていくことが非常に愉快である。 また、当初、典子のさわやかなボーフレンドという設定であった北野が追い込まれた状況の中で壊れて行く様も面白い。 結局最終的には登場人物の中では典子だけが唯一まともなキャラクターであった。

「どんなに描いても描いても、甦る〆切りと、ストーカーのように原稿催促の電話を入れてくる担当にあわわとなり、若者たちに意味不明なトランス状態も手伝って連載は破竹の勢いでただれていきました。」
(お父さんは心配症【4】/集英社文庫/242P)

その「トランス状態」があーみんの計り知れないお笑いセンスを引き出したのであろう。

最初はこんなに優しい好青年キャラ

(お父さんは心配症【1】/集英社/RMC/31P)
モノマネしたり

(お父さんは心配症【2】/集英社/RMC/114P)
どんな曲芸だよ…

(お父さんは心配症【4】/集英社/RMC/78P)

キャラクタの表現技法は会を追うごとに段々とデフォルメ調に変わっていく。豪快なペンタッチに変わったことで爆裂ヘンタイギャグをより魅力的な作品にしている。また、主人公の光太郎は精神異常者ほどの奇行ぶりでありながら、時折垣間見せる「父としての典子への愛」、「夫としての前妻への愛」、「お見合相手の安田親子への愛」「愛娘を大切にしてくれる北野への愛」を不器用に表現しているところは読者の心へ笑いだけではない愛への共感を与えている。

安田さんへの愛

(お父さんは心配症【4】/集英社/RMC/112P)

4.こいつら100%伝説(漫画業中期)

こいつら100%伝説 (1) (りぼんマスコットコミックス (530))
こいつら100%伝説はamazonで入手可能。

こいつら100%伝説 (2) (りぼんマスコットコミックス (577))こいつら100%伝説 (3) (りぼんマスコットコミックス (642))ルナティック雑技団 (1) (りぼんマスコットコミックス (721))ルナティック雑技団 (2) (りぼんマスコットコミックス (776))ルナティック雑技団 (3) (りぼんマスコットコミックス (888))
<あらすじ>
時は戦国時代。落ちこぼれ忍者3人が師匠のもとで修行をしていた。ある日、美しい姫が身を潜めるためにやってきた。3人組は姫に一目惚れをしてしまい修行そっちのけで姫を巡りおちゃめな争いが始まる…。

前作の「お父さんは心配症」に比べ、よりギャグ漫画路線を突っ走っている。そして、前作途中から確立されたあーみんギャグスタイルのハイテンションが始めから終わりまで息のつく暇のないほどぶっ通しで繰り広げられている。前作ではヒロイン典子への過剰な愛を光太郎、北野の二人が体現するという路線が基本であったが、第二作「こいつら…」ではヒロイン白鳥姫子への過剰な愛を極丸、危脳丸、満丸、途中からはターミネーターが加わり四人でハチャメチャ振りを披露し、破壊力が増している。

少女漫画としての画風もほとんど登場せず、まず、戦国忍者という少女漫画では取り上げないであろう舞台を描いている。 ただ忍者を題材にしているだけに「現実離れした登場人物の行動」をギャグが炸裂し、スピード感がある作品となっている。

最初「新連載は3人の少年がひとりの少女をとりあう明るい学園モノにしよう」と考えてたんですがそのネームがあっさりきっぱりボツになっちまんったんでさぁ。
(こいつら100%伝説【3】/集英社/RMC/147P)

ただ、上記のように吐露しているように、意図しない設定で締め切りに終われながら毎月描くことの苦悩があった。 一話読み切りギャグ漫画というスタイルは前作と同じであるが、読者の涙腺を揺さぶるシーンは少なく、ドタバタギャグが暴走し収拾がつかなくなる結末が多い(ターミネーターが帰らぬ人となる場面は感動的であるが)、ということからも作品を生む苦しみを味わいながら描いていたあーみんの心境を想像できる。そして最終回には読者も想像しなかった漫画のコマから飛び出して格闘するという暴走ぶりであった。

ギャグの連鎖で収集がつかない結末

(こいつら100%伝説【2】/集英社/RMC/138P)

読者にとってはメインキャラの暴走はもちろん、脇役の暴走っぷりも前作と同じクオリティを保っており、あーみんが天才ギャグを心ゆくまで堪能できる。 「平凡な顔をしているニセ商売屋」の詐欺師としての職業変遷に注目するのも面白いし、いじわる城の男好きシスターズの「男好き~」から始まるセリフなどに注目するのもひとつの楽しみ方である。

相当な詐欺回数だよこの人は

(こいつら100%伝説【2】/集英社/RMC/138P)

5.ルナティック雑技団(漫画業後期)

ルナティック雑技団 (1) (りぼんマスコットコミックス (721))
ルナティック雑技団はamazonで入手可能。

ルナティック雑技団 (2) (りぼんマスコットコミックス (776))ルナティック雑技団 (3) (りぼんマスコットコミックス (888))こいつら100%伝説 (3) (りぼんマスコットコミックス (642))こいつら100%伝説 (1) (りぼんマスコットコミックス (530))こいつら100%伝説 (2) (りぼんマスコットコミックス (577))
<あらすじ>
学園のアイドル天湖森夜の家に下宿することになった彼に憧れる少女星野夢実。森夜への過剰な愛情の母ゆり子からのひどい仕打ちを受けながらもカリスマ故に孤独な森夜に友達を作るため、森夜をライバル視する愛咲ルイを紹介するが…。

ギャグ漫画ではある。しかし、今までのあーみんではない。何が違うか。少女漫画としての画風を取り戻し、一話完結ではない。星野夢実の天湖森夜への恋心を糧にタフな精神力を培いながら、人間成長を成長をしていくという大きな流れを読み取ることができる作品である。

現に単行本第一巻の冒頭でもあーみん自身は読者へ向け「ラブコメディです」「あーみん風少女漫画なるものを体験してほしい」と書いている。

また、明らかに原稿の描き込みの手間をかけている。ペンタッチは細い線、太い線を効果的に使い分け、繊細に書き込まれているコマも多い。「こいつら~」では最低限の使用にとどまっていたスクリーントーンを活用しを少女漫画タッチに描いている。

繊細に描かれている

(ルナティック雑技団【1】/集英社/RMC/96P)

しかしながら、まったく新しいジャンルにあーみん漫画が変貌したわけではない。 わが子への過剰な愛情を持つ母・ゆり子は「お父さんは心配症」の佐々木光太郎と共通しているし、学園の変人アイドル愛咲ルイは「こいつら100%伝説」の危脳丸と共通している。また、成金薫子と執事・黒川のコンビは「お父さんは~」の片桐キャプテンとじいのコンビと重なる。

岡田あーみんを持ち味であるコテコテのギャグの連発を期待していた読者は少々がっかりするかもしれない。しかしながら、読者を笑わせるセリフや表現は「さすが!あーみん!」とうならせるものがあり、読み進めていくほどに読み応えがある作品である。

6.あーみん自身が変人という演出

漫画が面白ければ面白いほど、作者が一体どんな人なのか知りたくなるのは読者としての必然の心理である。あーみん漫画はその欲求を満たしてくれてる漫画である。

しかし、ここで重要な点はあーみん自身が変人であるこということは演出である可能性が高い。あーみんのことを男性漫画家だと思っていた読者も多く、ネットなどの書き込みにも男だと思っていたら女性だったのでびっくりした、という情報がちらほら散見される。これはさくらももことの合作の際、おまけページにてさくらももこがあーみんをボーイッシュなイラストで紹介していることから広まったと推測される。また自身のことも一人称を「おいら」と称し、まるで中年おっさんのように描いている。 「お父さんは心配症」連載時はあーみん自身、20歳前後の若い女性心理を持っているはずであり、奇天烈なギャグ漫画家としての自分を受け入れらない心理の防衛本能として、「岡田あーみん=変人」という図式を自ら作り上げたのではないだろうか。

初めてあーみんが作中に登場したのは「お父さんは心配症/第十九話」の結末にて担当から漫画の内容に文句を言われている場面である。(お父さんは心配症【2】/集英社/RMC/116P参照)

しかしまだこの時点では登場人物との絡みはないが、「お父さんは心配症/第二十九話」にてあーみんが登場し、光太郎や片桐親子に引かれるという設定で物語に入り込んでいる。沢山の変態キャラがでてくるが、一番の変人は作者自身だということを読者へ印象づける象徴的な場面である。

病んでいるあーみん

(お父さんは心配症【4】/集英社/RMC/5P)

その他、単行本での空きページにあーみん自身の面白エピソードを落書き風のイラストや漫画で読者を楽しませてくれる。それが目的で単行本を買うあーみんファンも多くいたのではないか。 特に「あーみんの好き放題劇場」では漫画業での裏話が読め、漫画を生み出すときの苦悩をギャグで表現している。

何よりもこの漫画の面白さのキモは変人キャラクターを生み出しだ岡田あーみん自身が一番の変人であることを強烈に演出していることである。

7.あーみんは何を描きたかったのか

あーみんは少女漫画界のドクダミの花といわれ、ギャグ漫画家としての認識が一般読者にはつよいかもしれない。ただ、本当にあーみんが描きたかったことは何か…。

そもそも岡田あーみんは高校1年生の時に漫画家を志し、りぼんに投稿を始めた。1年間という期間を決めて、投稿を続けるが、漫画家にはなかなかなれず、受賞までは程遠い道のり。そんな時友人からシリアスや中途半端なコメディより、思いっきりのギャグ物を描くように奨められ「お父さんは心配症」(米須あーみん名義で投稿)でデビューすることとなった。(お父さんは心配症【6】集英社/RMC/126~127P参照)

「お父さんは心配症」で完全にギャグ漫画家としての確立したあーみんであったが、作風はコテコテのギャグ漫画でありながら、常に「愛」を描いている。お父さんは心配症の初期の物語はラブコメディ(人情味あふれる親子愛)の範囲に収まっていたものの、早い段階でキャラクターコテコテのギャグ路線へと変貌を遂げている。これは暴論かもしれないが、りぼん編集部のギャグ路線を突っ走って欲しいというあーみんへの意向があったのではないだろうか。

第二作のこいつら100%伝説ではあーみんの意向とは裏腹に、担当から忍者モノで行くことを告げられ連載が始まったとのこと。さらに、最終回の前々回の最終コマにて集英社の社長のセリフであーみんを見て部下に「消せ。」という自虐的なセリフを載せている。これは、ドタバタギャグ漫画を描くことに疲れたとサインとも受け取れる。

そして、だんだんと締め切りギリギリまでに原稿を仕上げられない状況となっていったのは、ネタに詰まり、単に描けない、という理由だけでなく、あーみん自身が描きたい漫画から段々と乖離していくことが苦痛だったからではないだろうか。

そして学園モノが描きたかったあーみんはまさに「ルナティック雑技団」でそれを実現した。学園モノ自体が正統派少女漫画の象徴であり、繊細なペン運びで書き込まれる登場人物からは岡田あーみんの欲求が一気に開放され楽しんで漫画を書いているようにも見える。かといって「お父さんは心配症」「こいつら100%伝説」を忌むこともなく、見事にキャラクタに共通性を持たせ、あーみん風ラブコメディを実現している。まさに最終作「ルナティック雑技団」はあーみん漫画の集大成といえるだろう。もしかしたら「こいつら~」が終わった段階で次の作品で引退するつもりだったのではないか、と思わせるほど、見事にギャグと学園恋愛が融合している。

さらにあーみんは自身の作品を振り返りこう述べている。

ヒロインは優等生であるべきだという様式美めいたものが信念のようにありました。おそらくそれは、小さい頃に洗礼を受けた数々の青春ドラマのイメージであるのだと思います。個性的なキャラクター達が、お互いの存在を認め合いながら、それぞれの自分の役割を担っている素直さが、単純すぎるけどいじらしくて好きなのです。 自分の作品テーマはどれも根本的に一緒で、ストレートな愛情であり、迷惑すれすれの純粋さであるような気がいたします。
(中略)

どなたさまもパピィのウルトラ変態パワーで、元気いっぱいになられるを願っております。それでは皆様、ごきげんよう。
(お父さんは心配症【4】/集英社文庫/243~245P)

そう、岡田あーみんは、キャラクターを愛し、読者を愛し、大切な愛を漫画という方法で沢山の人に伝えたかったのだ。

8.岡田あーみん先生へ

私は小学生の時、病弱な児童でした。学校を休むことも多かったです。そんな日は大抵、教育テレビを見たり、漫画を読んだり、漫画を描いたりして暇を潰していました。 学校を休むと精神的につらいときもありましたが、先生の漫画を読み、大笑いし、何度も元気づけられました。私だけでなく、沢山の人が元気づけられました。

また先生の影響で漫画家になりたいと思い、絵を書き続けたこともあったんですよ。

今回改めて先生を思いながら漫画を読んでいますと、読者、ファンを楽しませるため、沢山の辛い思いや、ご苦労があったかと思います。 岡田あーみん先生、10年以上に及ぶ画業生活お疲れ様でした。

もう先生の新作が読めないことは、非常に残念ですが、その分何度も読み返させていただきます。 元気で楽しく先生が過ごされることを心より願っております。

「長い間 漫画を描いてくれて どうもありがとう…」

「ほんとに ほんとに ありがとう」

「いっぱい いっぱい ありがとう…」

Notes

  1. pocpocgoo reblogged this from keittar
  2. mirai-no-okashi reblogged this from keittar and added:
    Keitaさんの「岡田あーみん論」 keittar:http://keittar.com/post/796724702
  3. okayaisoyakan reblogged this from wnw45
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  5. nerazurinerazuri reblogged this from keittar
  6. keittar posted this

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